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現顧問 井上 克人(関西大学文学部教授)



関西大学弓道部の紹介

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大学のキャンパスを歩いていると、一日に一度は必ず白い道着に黒い袴を付けた男子学生や、紺の袴の女子学生の姿を目にされることであろう。 弓道部の部員たちである。道場は大学構内の南東の隅に位置しているが部員にとって弓道部の部室は単なる練習場にとどまらず 学生生活全体の拠点であり、また自己を鍛え磨いていく厳しい「道場」でもあるのだ。したがって、そこは塵一つない凛とした空間である。 現在、部員は全体で50名、うち男子学生は27名、女子学生は23名である。毎年三回生を中心として完全に自主的に運営されている。 部員たちは一人ひとり自らを律し自らを戒めながら、射技や体配の面だけでなく、生活や精神の面でも弓引きとしての自覚を持つように努めている。 新入生を一から指導する部員を「新人監督」と呼んでいるが、その指導は、 1.射の向上と礼の徹底をはかる  2.部内での個人役割を認識できるように配慮する  3.新入生が弓道のよさを実感できるようにする である。弓道が礼に始まり、礼に終わるのは、それのみが正しい射の心を覚醒させる近道だからである。 弓道は、一面では徹頭徹尾、自分だけの、自分に対決する孤独な道である。しかし同時に正しい適切な指導なしには向上はありえない。 規約では新人監督に指導者としての自覚を促して (1)自分に厳しくし (2)新入生との信頼関係を築くこと を課している。これらの条項は創部以来実行されてきた心構えを成文化しただけのものである。 弓道部には「弓陵会」というOB会の組織があり、他の部と同じく、現役学生に対して種々の支援をいただいているが それも、こうした信頼関係が原点となっているからであろう。 また直接の指導には 師範(坂根貞幸氏) 監督(猪尾康成氏) コーチ(玉利雄祐氏、野村晋也氏) が物心両面にわたる徹底した指導に当ってくださっている。  体育会系の入部が敬遠される原因の一つに、「挨拶」があるという。 前顧問の丹治昭義氏が『弓と禅』で著名なオイゲン・ヘリーゲルを紹介されているが 彼の師、阿波範士は弟子が正しい射を舞った時には、丁重に敬礼したという。 それは師だとか弟子だとかを超えた正しい射の現前に対する賛美であり、敬礼であったという。

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 4月1日の入学式から数週間、本学の正門を抜けると、キャンパスの中は満開の桜に迎えられる。 構内のいたるところで、クラブや同好会の入部勧誘の立て看板がずらりと並び、華やかに彩られる。 弓道部の道場も見学や試験的に入部する新入生が訪れて、何となく賑わいを見せる。 弓道部へ入部するのをためらう一つの障害は正座であろう。射は正座から始まって正座に終わる。 弓道は正座から正しい姿勢へという動きが基本である。それとともに"引き"の練習が繰り返される。  最近は夏の合宿は8月末日から約一週間、長野県の弓道場で行われる。本学の道場では、都会化の影響で近隣の住民から苦情がくるので 大声をあげることはできないが、合宿では矢が的に中たるごとに、「タリヤー」(中たり矢?)と大声で叫ぶ。 合宿を終えた後、9月になると、道場はもとの落ち着いた雰囲気を取り戻し、静けさとリズムを回復してくる。 一回生も、基本的な起居振舞を身につけ、見違えるばかりに"弓引き"らしい風格を具えてくる。その進歩は驚くばかりである。  ヘリーゲルは、弓を一から始めて、わずか五年で五段を取得したそうだが 心身共に柔軟な十八、十九歳の学生には、もっと長足の飛躍が可能であろう。実際、一年ごとの上達の速さは目をみはるものがある。 入部生の誰もが対外試合の選手として出場するだけの力をつけ、殆どが出場する機会に恵まれる。 二回生にもなると、もう三、四回生と、見た目には変わらない。しかし本当に対外試合に出場できるようになるには そこでもう一つの壁を突き破る必要があるようである。それは形ではなく心の修練である。  「石の上にも三年」といわれるように、三回生になると、基本的で一般的な技術の修得の上に何かが加わるように見える。 或いは各人の資質や能力の違いが花開いてくるのかも知れない。規約では、新人監督は、「自信をもつ」べきことを強調している。 この自信は自分の心を内省することから始めて生まれてくるものであろう。 例外は多々あろうが、平均的には二回生よりも三回生に確かに一日の長が認められる。 規約にも三回生は「部の中心であるという自覚と責任をもち、常に戦力となり」と謳っている。 四回生は部活の第一線を退き、いずれの学部も就職活動に専念する。そしてそれが落ち着くと 工学部の学生は実験に、社会学部の学生はフィールド・ワークに、文学部の学生は卒論作成に余念がない。  キャンパスや駅のプラットホームで、私服姿やリクルート・スーツでめかしこんだ部員と会うと、初めは誰だかわからない。 明るく挨拶されて、やっと弓道部の部員であったことに気付くことがよくある。弓道着を身につけてきびきびと射の所作を決めていく凛々しい姿と 私服姿の学生とはまるで別人のようである。確かに部員は道場に入ると変身する。 確かに、弓道部の部員といっても何も朝から晩まで弓だけに淫している訳ではない。普段は普通の勉学意欲に燃え、未来を夢みる学生である。  各大学の弓道部の活躍は、新聞やテレビで報道されることは殆どないが、わが弓道部は関西地区はもとより 全国的にも大学弓道界の名門として高い評価を得ており、平成24年(2012)には創部60周年を迎える。  本学の弓道部が誕生したのは、昭和27年のことである。名簿によって数えると、27年度7名、29年度6名が入部している。 その16名で29年度には早くもリーグ戦で優勝の栄に輝いている。それ以降、全国で優勝4回、関西学生弓道選手権大会では 男女合わせて第4、5、6、8、18、29、31、32、33、47、49、50回大会と、何と都合12回も優勝を重ねている。 今、因みに全国的大会の優勝を列挙すると次のようになる。  一、全日本学生弓道選手権大会(男子) 昭和38、63年度優勝 二、全日本学生弓道王座決定戦(男子) 昭和61、62年度優勝 三、全日本学生弓道選手権大会(女子) 昭和63年度、平成17年度優勝 準優勝や三位入賞、さらに個人戦の優勝、準優勝などが、これに倍することは言うまでもない。 本学で女子学生が弓道部に入部するようになったのは昭和44年のことのようである。 その人数は、女子学生が本学に入学する数が増えると共に増加し、またそれに伴って対外活動も活発になったようである。 上記の昭和63年の全日本学生弓道選手権大会は、女子の部でも全国制覇した本学弓道部にとって意味深い大会である。 男子の部だけでなく女子の部でも、関大弓道部の名が全国の弓道界に喧伝されることになったからである。 こうして本学の弓道部は、男子の部も女子の部も関西の学生弓道界をリードする名門として現在に至っている。  このように弓道部の活躍には、対外的な成績から見ると、大きな起伏が見られる。 昭和30年代から40年代にかけての第一次黄金時代ともいうべき時期と、それに続く沈滞期、さらに平成3年をピークとする栄光に満ちた第二の全盛期。 現在はそういう意味では雌伏の時代である。しかしそれはあくまでも結果から見ただけのことであって、実際には全国に通用する実力を持つ者も増え 弓道部全体としても徐々に全国のレベルに達しつつある。様々な苦境を乗り越え、勝利を目指す。部員が的へ向かう姿勢はいつの時代も変わらない。

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